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「どうしてイタリアに留学したんですか」という問いが難問すぎる

私はいつなんどきも何かに頭を悩ませている。

「今日の晩御飯は何にしようか」とか「シーチキンマヨネーズの「シーチキン」は何なんだろうか」とか「なぜお祭りの屋台はチョコバナナのことをバナナチョコと書くのか」とか、もうそれはそれはたくさんのことで悩んでいる。

日常生活は難問に溢れている。世の中はこんなにも生き辛い。

 

皆さんにとってはその多くはくだらない悩みかもしれない。

確かに、私にとっても今日の晩ご飯はどうでもいい。どうせ今日もやっすいやっすいお弁当を食べることに落ち着く。相場は決まっているのだ。

 

でもシーチキンとか、バナナチョコとかは結構大事な問題だ。わからないことがあるとなんかむずがゆい。

 

シーチキンはきっと「シー」と「チキン」で分かれるんだと思う。「シーチ、キン」でも、「シーチキ、ン」でも、はたまた、「シ、ーチキン」でもなかろう。

「シー、チキン」ということであれば、そのまま「海の鳥」ということでいいんだろうか。

でも、あれはマグロかカツオだ。鳥は関係ない。「シーツナ」とか言ってくれないとややこしい。「シーチキン」をチキンだと思って買ってしまったら、それは訴訟ものだ。

 

バナナチョコなんてもうそれはそれは本当にむずがゆい。ムズ・ガユイ。

あのチョコがかかった細長い物体は、どこまでいっても「バナナ」だ。あれは「チョコがかかったバナナ」であって、「バナナが下に添えられているチョコ」ではない。断じてない。

「ふりかけご飯」は決して「ご飯ふりかけ」ではないし、「男子トイレ」は「トイレ男子」ではない。

全国のバナナチョコ屋さんは今すぐ改名していただきたい。

 

 

 

 

 

そんなことはどうでもいいんじゃ!!

 

 

 

そんなことが言いたくてこの記事を書き出したわけではない。本当に困っているのは別のことである。

 

私はイタリアに留学したことがある。そしてそれを私の唯一のウリだと思って、自己紹介のときにも「私、イタリアに留学したことがあるんですよ」となんの気無しに言う。

すると当然相手はこう返してくる。

 

 

「どうしてイタリアに留学したんですか」

 

 

意気揚々とドヤのドヤ顔で留学を自慢した私は、あっという間にこの一言で窮地に立たされる。

いつもそう。相手の一言ですぐに背水の陣となる。簡単に見えてこの質問は難問中の難問なのだ。

というのもイタリアに留学を決意した理由がさもしいからだ。

「イタリアに留学した理由」など決まっている。

 

 

 

 

「イタリアがかっこいいから」だ。

 

 

 

 

その当時の私には、イタリアが輝いて見えたのだ。しかも「なんとなく」輝いて見えた。でも、そんなことを言ったら、ミーハーのミーハーであることがバレ、イタリアに留学したことがウリになるどころかこちらの人間性及び人格を疑う一つの材料になりかねない。

だから、口が裂けても、「イタリアはかっこいいと思ったからです」とは言えない。

こんなこと、もしかしたら小学生でも言わないかもしれないし、小学生が言ったとしても一笑にふされるかもしれない。それくらいこの発言は超絶ミーハーの極みだ。

そこで、私はいつも苦し紛れにこう答える。

 

 

「い、いや、その、イタリア文化とかイタリア語とかに興味があって...」

 

 

皆さんは「なんじゃその答えは」と憤りになるかもしれない。そう、その通り。これは何の意味もない陳腐な答えだ。イタリアに留学に行く人は、そりゃあイタリアの何かに興味があるからだ。

したがって、これ以上陳腐で無意味な回答はこの世に存在しない。

「私は男か男じゃないかのどちらかだ」という真でしかありえないトートロジーの命題より意味がない。それくらい意味がない。

 

 

上記のような回答をすると、決まってこう聞かれる。

 

 

 

「どんなイタリア文化に興味がお有りなのですか」

 

 

 

ここで私は早くもノックアウト寸前である。背水の陣をひいていた私はもう半身くらいは水に浸かっている。

ミーハーは、イタリアがかっこいいとしか思って無くて、文化など一ミリも知らない。

でもそれを正直に言う気概も勇気もない人がミーハーなわけで、私はもうどうしたらいいのかわからなくなってしまうのだ。

そしてミーハーは留学したこと、ただそれだけの事実が何か高尚なことだと思ってついつい自慢してしまう。

お母さん、ミーハー生まれてごめんなさい。世の中はミーハーに厳しいみたいです。

それでもなんとか生き延びねばならぬ。そこで私はこう答えるのである。

 

 

 

「いやー、いろいろなことに興味があったんですけどね、イタリア語が難しくてなかなか勉強できなくて...ところで、今日はとても寒いですね」

 

 

 

雑に華麗にそして急に緩やかに話題を転換する。もう、私に残されたコマンドは「醜く美しく逃げる」しかないのである。背水の陣をひいたあとは、華麗に水に飛び込み泳いで逃げる、これに尽きる。

三十六計逃げるに如かず

 

こちらからドヤ顔でイタリアの話を振り、イタリアの話題から無残に逃げる様は、さながらサバンナの雄ライオンのよう。獲物に食いついて、早々に諦めるあのライオンのよう*1

 

ですから、この記事を書くことで、留学を考えている皆さんにこれだけは言いたいと思います。

 

 

 

 

 

バナナチョコはチョコバナナですよ、と。

 

 

 

 

 

 

ん?

 

 

 

 

 

(追記)

とは言ったものの、明確な目的をもって留学しなければならないということもないと個人的には思います。あとから見つかる目的もありますから。目的うんぬんより、若いうちはその時やってみたいと思ったことをやるのが一番いいと思います。そこから得られるものは大きいのです。

 

 

とアラサーが申しております。それでは。

 

 

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*1:いや、そもそも私みたいな小市民とライオンを比べるのは、ライオンに失礼である。ライオンは百獣の王という称号を持っているが、私には何の称号もないのだから。ライオンは「生きるために」果敢に狩りに挑んでいるのに、私は「自分を大きく見せるために」無謀な発言をしているだけなのだ。

*2:イラストはHittonさんより